つぶやき★PDCA?OODA?手法の問題でしょうか?

最近、日本におけるグローバル化対応において、

PDCA手法に対する批判的論調を目にすることが増えました。

「かつてはうまくいったPDCAだが、スピード感に欠ける。」

「PDCAよりOODAの方が進化している。」など。

※OODA:オブザーブ、オリエント、ディサイド、アクト(観察、適応、決定、行動)の略

 

今に合う、より良い手法を取り入れれば良いし、

より良い手法を生み出していけば良いと思います。

 

PDCAのあら探しをすることは必要なく、不足点が見つかったのなら、

どこかにあるだろう新しい手法を探すのではなく、

不足点を埋めるやり方を、各自が確立していけば良いのでしょう。

そうして確立した手法が、PDCA+になるのかもしれないし、

OODAに似ていましたね、なのかもしれないし。

手法に頼らず、何かを参考にしながら、自分のやり方を追求してきた人々は今、

PDCAに対する考えの差にも、新しい手法にも、食いついてはいないでしょう。

 

PDCAを評価し取り入れている経営者を「時代遅れ」だなどと批判することに、意味はありません。

その経営者は、成果を生むようにPDCAという手法を活用し続けてきたのでしょう。

PDCAに批判的な人は、成果を生むようにPDCAを捉えきれなかったのかもしれません。

 

成果を生むようにある手法を取り入れてきた人は、

過去取り入れた手法を批判することはしません。

過去の手法のメリット・デメリットをただ冷静に捉えながら、

新たな方法を常に生み出しているだけです。

何かに「批判的」な記事などを目にしたら、

そのコラムを書いた人の背景を考えてみると良いかもしれません。

「なぜ批判的なスタンスなのか?」ということです。

ひとつ言えることは、批判的な論調は、テーマを変えながら続く、と言うことです。

そこから何が生まれるのか、生まれないのか、ということが大切だと思います。

「グローバル化に対応」日本に潜む誤解

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